歩き遍路回顧録・・・結願10年を経て

  • 2018.06.29 Friday
  • 14:41

10年前の6月29日。

44日間の歩き遍路の旅を終え、実家に帰り着いた。

旅を終えて実質10年が経ちました。

 

10年の節目の

お礼参りツーリングを終えたところでもあり、

何か見える場所に、

旅の記憶を形にして残しておこうかと思い、

そのツーリングも含めて、

改めて、短い回顧録にしてみました。

 

ただの個人の一人ごちた駄文です。

遍路旅に、歩いた人の感想に、興味のある方、

暇つぶしに散文好きの方はどうぞ。

感じ方は人それぞれ、ご批判はご遠慮ください。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

10年前、春。

歩いて通し打ち(数度に分けず、一度に巡る事)で、

四国遍路を巡った。

40日余り、1200キロを超える歩き旅。

 

 

不景気のあおりで、30代後半にして

十数年勤めていた商店を離職となった。

趣味を仕事にしていると言う自負も失い、

見ないふりをしていた将来の危うさが露呈した。

異業種の再就職先は、勤めてみれば派遣。

数年勤め、周囲の評価を得ても、

派遣先への正社員雇用の道は開けなかった。

 

遡る事数年、父が癌で余命少なかった時、

仕事の後に父の病院に寄って家に戻ると

当時人気のあった、

NHKの「四国八十八箇所」がテレビから流れていた。

それから数年が過ぎたこの頃、

休日にバイクで少しずつ四国遍路を巡っていた。

信心もないくせに、何かを頼ろうとしていた。

 

そのうち、自分が吐血して入院も経験し、

不安定な派遣の立場から抜け出せない職場に、

見切りをつけて離職した。

世は就職難である事は覚悟の上だった。。

 

それを機に、通し打ちの歩き遍路の旅に出た。

 

40代にして、無職、独身

少ない蓄えを使っての遍路旅。

自分の先は見えている気がした。

「帰ったら、職に贅沢を言わず、

 老いてゆく母を少しでも安心させてあげなければ。」

出来る事はそれくらいだと思えた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

徳島の山を幾つも越えて太平洋側に抜け、

室戸の長い海岸線を周って、高知へ向かうまではよかった。

慣れない連日の歩き旅、

疲れや脚の痛みに不安もあったが、

結願の目標は遠く、チャレンジ精神に押された。

同じ歩き遍路も多く、

出逢った先で、同宿の宿で、会話もあった。

 

 

高知を過ぎ足摺へ向かい始めると様子が変わった。

次の札所は遠く、梅雨入りの雨も続いた。

遍路との出会いも減り、宿でも一人が続いた。

行程も半場の足摺が近づくのを感じながら、

心は沈んで行った。

「こんな何が特別でもない道をただ歩いて、

 大して信心も無いのに、寺を参ってみたところで、

 いったい何になる?、何が得られる?。

 もうやめて帰って、

 早く就活でもした方がいいのではないか。」

 

 

そんな時、作業場前の自販機の横でへばった自分に、

おじいさんが「どうぞ」と一言、椅子を出してくださった。

「一人じゃないんだな。」

「気にかけてくれる人がいる。」

大げさでなく、そう、気持ちが救われた。

 

反対に、本当に何の小さな肩書きも無い、

ただ歩いて、ここにいるだけの自分に過ぎない事が、

なにか軽く、心地よく感じる瞬間もあった。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

足摺を境に旅の様相が一変した。

足も強くなり、歩き続けられている事に感謝を覚えた。

足摺で、

徳島以来久しぶりに再会した年配の男性、

高知以来久しぶりに再会した年配の女性、

そして、足摺で初めて出会った相方、

皆、一人で歩きに来た者同士、

4人別れつ再会しつつ、

ファミリーのようにして共に歩く機会が増えた。

 

皆、日々、疲労や足の痛みを覚えながらも、

休む事無く、次の早朝には出発して行く。

なぜそうして結願を目指すのか、

歩き通そうとするのか。

今、歩いている何人もの人達、それぞれの思いが、

遍路の道の上に吹いて

渡って行っているような気がした。

 

 

4人の縁が続く中、

その楽しさの中に身を置いた旅でいいのか、

一人、自分と向き合うべきではないのか、

多少の迷いもありながらも、

愛媛の日々は進んで行った。

 

今治を過ぎ、石鎚山に近い山寺の横峰寺で、

自ら、その輪から離れた。

次の札所へ向かい山を下る3人と別れ、

遍路道を外れた登山道を辿り、

一人、霊峰石鎚山へ登った。

皆の結願を、見上げる空に思いながら。

 

 

石鎚山を下り、遍路道に戻ると、

判っていた事を改めて実感し、愕然とした。

登山に要した1日半余り、

もう、別れた3人は、遥か四十数キロ先に進んでいる。

このまま、縁は終わりか、、、。

 

翌日から2日間、ひたすらに歩いた。

一日目は平坦な道。

先を急ぎ、陽が暮れてなお、距離を伸ばし続けた。

二日目は続けての山越え。

キツさも踏越えるように猛然と上った。

3人が3日で歩いた行程を、2日でほぼ歩ききった。

以降、右足の脛が浮腫み膨れるようになっていた。

 

雲辺寺の山越えを下った所で、

「残す旅をそれぞれに」と別れたと言う3名。

その夜の観音寺市の宿で、年配の女性に再会。

遅い夕食に付き合って、再会を喜んでくださった。

 

次の日、弥谷寺で相方に追いついた。

その後の旅は、相方と二人連れの遍路旅となった。

旅はすっかり香川県に入っていた。

 

日々、結願が近づいて来る中で、

この旅の終わりに、その先の見えない将来に、

新しい一つの迷いが膨らんで行った。

 

結願の前日の夕方。

追いつけないままとなっていた、年配の男性から、

無事、結願を終えた連絡を頂いた。

自分や相方との再会の為に、

家路へ着く前にバスで志度へ来て下さった。

志度の宿で、結願と再会と別れに、夕食の宴を囲んだ。

 

結願の日。

昨日結願を終えた男性に見送られて、志度寺を出発した。

最後の山越えの山中で、年配の女性から連絡が入った。

一足先に結願し、帰路につくと、、、。

 

 

程なく、山中から大窪寺の境内に下り着き、

自分と相方も長い旅の結願を迎えた。

不思議と二人とも、涙もなかった。

 

そして結願の末に、迷いの答えを確かめた。

相方との縁を、遍路旅が終わった後も繋げて行く事を。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

あれから10年。

 

それなりの会社に就職し、相方と夫婦になった。

遍路では「同行二人」と言う。

一人ではない、いつもお大師さんが見ている。

もし、そうだとしたら、

頂いた縁は、お大師さんからの宿題。

そして、その宿題を生きて行く様子を

お大師さんは見ているのかもしれない。

  

だけど、思いも感情も

時間と共に風化する。

頂いた縁、手にした生活の中でも

感謝の気持ちが薄れがちになる。

問題が山積みした職場にあっては、

日々鬱積する疲労感の中で、

気持ちの持ちようが判らなくなって来ていた。

 

あの時の場所へ行ってみれば、

風化した思いに潤いが蘇って、

固くなった心が解かれるだろうか。

 

節目のお礼参りがてら、バイクツーリングで

結願の地、大窪寺を訪れてみた。

相方とその後の縁を確かめた東屋に佇んでみた。

でも、遠い懐かしさはあっても、

あの時の風を感じる事は無かった。

遍路を渡る風の中に、今自分はいない。

 

帰路につかなければならない時間。

夕刻が近くなる中、

帰りのフェリー乗り場までの距離は長い。

「無事に帰りたい!。家へ」

自分でも思いがけない程強く、そう思った。

 

 そう、それが答えに違いない。

あの時の風は、今、帰るべき場所にある。

日常となって気付かない微風になりながら。

今は、遍路に頼る事は無い。

1万人目の思い出・・・結願10年ツーリング余談

  • 2018.06.02 Saturday
  • 15:27

四国の歩き遍路で巡った結願から10年。

その節目の年のお礼参りツーリングで、

88番大窪寺へ向かう遍路道沿いにある、

お遍路交流サロンに立ち寄ってみた。

 

遍路に関する資料館や休憩所になっていて、

大窪寺での結願を前に、立ち寄る遍路も多く、

10年前には、自分や相方も立ち寄って

結願証や記念品が頂いたりしたものだった。

 

施設の方に、10年前に結願したお礼参りに来ていると話すと、

その時の来場者の名簿を見せて下さり、そこには、

自分や相方、途中出逢った懐かしい名前が幾つもあった。

 

その自分たちの二三人前の名前の横にある、

赤いペンで書かれていた「1万人目」の文字に、

この日は1万人目のお遍路さんを迎えた日でね、、、

と、あの日の出来事が話題となった。

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

10年前の歩き遍路の時、、、

相方と一緒に高松市街を屋島寺目指して歩いていると、

地元ナンバーの車が停まり、年配の男性に声をかけられた。

明日、お遍路サロンでは1万人目の結願者を迎える予定で、

記念の祝賀に地元新聞の取材等も予定されているので、

是非、1万人目の来訪者として訪れて欲しい、、、との事。

 

いろいろな年齢の方、男性女性ともに歩いているとは言え、

やはり定年後の60代、男性が多数の中で、

まだ若い女性である相方を1万人目に迎えれば

話題性も膨らむ、と思われたようである。

1万人目の予想時間より少し早めに来て、

備えてもらえれば、、、と言う話であったと思う。

 

その日は志度の宿に泊まった。

屋島寺、八栗寺を巡り終えると、

途中長い日数を、自分達とファミリーのように共に歩いた、

懐かしい方から電話があり、

結願を終えたので、バスで志度に来て泊まられるとの事。

志度寺の前の宿で同宿し、見知った遍路の方も含め、

結願と再会とお別れを祝って夕食の宴を囲んだ。

 

そんな訳もあり、翌朝の出発はゆっくりしたものになった。

結願後の方は志度寺まで見送って下さった。

お遍路サロンに着いた時には、

すでに1万人目の祝賀の催しは終わり、静かになっていた。

1万と数人目。

 

高松で声をかけて下さった方は、

相方の今日の来訪を確認するために、

昨夜、志度や長尾の主な宿に連絡して

所在を探したけど、行き違いで判らなかった様子。

 

せっかく新聞にも載るのに、残念な事をしたかな?

とも少し思ったけど、すべては旅の成り行きの事。

その後無事、最後の山越えの道を行き、

結願に至ったのでした。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

その思い出を話すと、サロンの方が、

1万人目に纏わる意外な話を教えて下さった。

 

1万人目として迎えられた歩き遍路の方は、

サロンに到着したと同時に、

「おめでとうございます!」と

多くの人の拍手に迎えられ、

記念行事や取材を受けて、

思いがけぬ出来事に気持ちが高揚してしまい、

遍路サロンから大窪寺で結願するまでの

記憶が残らず思い出せなくなってしまった、、、

との事で、後年にもう一度、

遍路サロンから大窪寺までを

歩き直しに見えられたのだそうです。

 

1万人目に縁の無かった相方や自分。

思いがけぬ話に当時を思いながら、

静かな結願を迎えた大窪寺へと

バイクを走らせたのでした。

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